こころのSOSに応えます!あなたへの処方箋

こころ悩めるあなたへ贈る、ユカからの処方箋です

いじめる心理、いじめられる心理――いじめはなぜなくならないのか?

 

 なぜかいじめられることが多かった私

 私の人生を振り返ってみると、思春期以降、とにかくいじめられることが多い半生でした。

友達や恋人にまったく恵まれなかったというわけではありません。とにかく1:1の関係でなく、特に集団生活が苦手なようです。

 その意味では随分損な人生だと思っていますが、ありとあらゆる嫌がらせにあったためか、並大抵のことでは動じなくなりました。仮にいじめられても、ほとんどもう蚊に刺された程度にしか思いません(笑)

 

そこで今日は、自分がいじめられた原因を、自分なりに掘り下げて考えてみることにしました。

 

いじめられる理由とは?

1.人と歩調、意見が違う

日本は特に同調圧力の強い社会なので、人と違うことをすると、いじめにあいやすくなります。この世の中では、みんなが赤だと言ったら、赤が絶対の意見だし、正義なのです。

 カラスがいたとして、あなたにはどう見ても黒く見えたとしても、みなが赤だと言えば、それは赤なのです。そこで空気を読まず、「カラスは黒だ」と言ってしまうと、いくらそれが本当のことでも、「なんだコイツ?」と目をつけられてしまうわけです。

 

2.人間関係のコツがつかめない

これには主に2つ原因があると思っています。

私は人の感情に合わせた対応をするのが下手です。相手が思っていることは理解できなくはないのですが、つい相手を不快にさせることや、相手の機嫌を損ねることを無意識のうちに言ってしまっているようです。

 またただでさえ人間関係が不得手なのに、両親からも、子供時代から、人間関係を円滑にする方法をまったく教えてもらっていません。ですから、これまで私は自分の経験、勘、そして本などの知識をたよりに、何とか人間関係を円滑にする方法を手探りで模索してきました。しかしまだまだだと思っています。

 

 3.仕事ができない

私は病気のために、これまでほとんどフルタイムで働いたことがありませんでした。

そして前職、前前職の職場は、怒鳴ることによって各自の意見を押し通すような風潮がありました。そこで培った経験は、マイナスにしか作用していない気がします。最近までいた大企業では(役職はもちろんペーペーだけれども)、これまでのやり方とほぼ100%違うやり方をしないと、やっていけませんでした。

 そして私は人より飲み込みが悪いようです。記憶も飛びやすいですし、一度聞いたこともメモを取らないと覚えていられません。不注意によるミスも多いです。周囲からお荷物と思われても、仕方ないと思っています。

 

4.妬まれやすい

今はそれほど妬まれていませんが、学生の頃は成績が良かったため、意味もなく妬んでくる人がいました。

別に自分が人より優れているといいたいわけではないですが、何かが人よりできる人、モテる人、容姿の良い人、頭の良い人などは、妬まれやすいと思います。

 

5.こころが弱い

これは特に自分では欠点とは思っていませんが、こころが弱い、すなわち感受性が強いため、色々なこと、特に人の反応には敏感なほうです。ですから、人の些細な言動にいまだに一喜一憂してしまいます。そのためそこにつけ込んでくる人もいるようです。

 また父から虐待を受けたことで、自信やプライドを失ってしまい、自分で自分を軽んじてしまう傾向があるので、その分余計に人からも大切にされづらくなってしまっているようです。

 

自分を大切にする――自分を大切に扱うことで得られるものとは? - こころのSOSに応えます!あなたへの処方箋

 

 6.自分のことで手一杯

昔いじめをしていたという人に聞きましたが、その人が言うには、いじめられる人は、自分のことばかり考えているそうです。

その話を聞いたときは、むちゃくちゃな論理だと思いましたが、言われてみれば、たしかに私もいまだに自分のことで脳内が忙しく、人のことまで考えていられないというところがあります。

 

7.感情表現が豊かでない

これは私が主に集団の中にいるときですが、どう振舞ってよいのか分からず、表情が固まってしまう傾向があります。

表情や言葉で感情表現をしないと、何を考えているのか分からないと思われ、他の人も心を開いてくれにくくなります。

 これは統合失調症で感情の動きが鈍くなっている影響もあるのですが、その分もっと意図的に感情を表に出していかないといけないと思っています。

 

いじめる人の心理

いくらいじめは良くないと言っても、いじめがなくならないのは、どうしてなのでしょう? 

おそらくいじめは、食欲などと同じで、人間の根源的な欲求なのでしょう。頭でダメだと分かっていても、こころがそうしたいと、こころの誘惑に勝てなくなってしまうのです。

またいじめる側は、相手がムカつく奴だからとか、気に入らない奴だから、いじめられて当然だと、自己正当化しているものです。特に複数だと、多数決の原理で、罪悪感は薄れてしまいます。

またいじめるほうの人も、家庭のことや成績のことなどで、問題を抱えていることが多いです。

 「いじめは良くない」と説教してもいじめがなくならないのは、おそらくそういう理由です。何故いじめたくなるのか、何故いじめをやめられないかを深く考え、根本原因からなくしていかないと、いじめの芽を摘み取るのは難しいかもしれません。

 

まとめ

いじめには、いじめる側、いじめられる側、それぞれに理由や原因があると思います。しかしいじめは、絶対的にいじめられる側のほうがつらいです。そしていじめは卑劣でゲスな犯罪行為です。いかなる理由があろうとも許されるものではありません。

 もしあなたがいじめにあってしまったら、必要以上に自分を責めないようにしてください。もしかしたらあなたにも何かいじめられる原因があるのかもしれませんが、今そんなことを考えても、よけいに自分がつらくなってしまうだけです。とにかくまずはいじめから何とか逃げ出すこと、そして死なないで生き延びることだけを念頭に考えてください。

 いじめにあいまくった私も現在無事にこうして図太く生きています。あなたもいじめられたことなんかで人生を台無しにしないでください。そしてたかだかいじめっ子とかいうゲス野郎のためだけに死ぬなんて、本当に悔しいしもったいないだけなのでやめてください。

 あなたの命には、それ以上の価値があります。あなたがもう一度笑顔になれる日が来ますように。

 

Written by ユカ@コーヒー

 

 

 

近況報告します

 

 一応、生きてます!!

 こんにちは。おひさしぶりです。このブログをここひと月ほど、全然アップしていなかったせいで、「ひょっとしてアイツ死んだんじゃねーか」説が浮上しているかもしれない?ユカです。

 理由は記事のストックが減ってきたのと、恥ずかしながら、PV数がまったく振るわず、何か戦略を考えねばと思っていたからなのですよ。戦略といっても、数冊の関連本を読んだくらいで、戦略らしい戦略は、ハッキリ言って今の時点で何も浮かんでおりません!!(ダメじゃん)。

 戦略といえるほどではないですが、「自分ツッコミスタイル?を多用しすぎて、うざいかも」と思ったので、しばらく、試験的に自分ツッコミは最小限にしてみようと思います。

 

発達障がいのテスト受けました

 「自己紹介」の記事で、発達障がいのテストを受けるとチラッとお伝えしましたが、実は先月テストを受けて、今月結果が出ました。結果は、幸か不幸か「発達障がいではない」とのことでした。ちなみに統合失調症かどうかは、正確にはわからない」とのこと。でも障がいがあったほうが、何かと都合がよいこともあるので、(年金もらえたりとか)、一応、病院通いは続け、障がい者の肩書(?)はなくさないでおこうと思います。

 障がい者になったら、差別やいじめの対象になる」と思う人もいるかもしれませんが、もし都合が悪ければ、場面によってカミングアウトしなければよいだけのこと。私は障がいがあるおかげで、障害者年金もらえたり、職場でジョブコーチ付けられたり、色々と恩恵がありました。もちろん、その分つらいこともあったけどね。

 発達障がいのテストの詳しい結果や、テストの雰囲気、内容などについては、また改めて報告したいと思います。

 

会社辞めます

プロフィールにもある通り、一大企業の歯車として、このところすっかり社畜化していた私。ですが、この先5年、10年、この会社でやっていって、本当に幸せなのだろうか・・・と考えました。障がい者雇用の割には、お給料もよかったし、ジョブコーチの方たちも親身になってくれて、至れり尽くせりではあったものの、なんせ、会社の掟が厳しいのなんの。そのうえ持ち前の不注意ミスが多発し、上司、同僚からはチクチクと嫌味、小言を言われ続け、毎日日誌を書きなおさせられる始末。

 簡単に言えば、「やってらんねーわ」ってとこです。とりあえず、給料プラス、株、投資信託、貯金、年金もろもろがあり、当面暮らしていけないわけではないので、やめちゃいます!!

その先の展望としては、とりあえずもっと勉強して、翻訳(実務翻訳。本とか、映画字幕とかの翻訳じゃないほう。裏方というか、地味なほう)をできたらと思っていますが、どうなることやら。できればしかし、障がいがあっても、やりようによってはここまで稼げるという、モデルケースになれたらと思っています。私以上に職場で冷遇されている精神障害の人たちをたくさん知っているので、そういう人たちにも希望を与えられたらと思います。

 そんな感じです。記事のほうは、また気が向いたらアップしますので、よろしくお願いします。

 

Written by ユカ@コーヒー

自分を知る—―自分のことが分かれば、コミュニケーションもうまくいく

コミュ障の人が人を怖いと思う理由

自分を知るということは、コミュニケーションを成り立たせたり、自分の気持ちをコントロールしたりするうえで重要なことです。

コミュ障の人が漠然と他人を怖いと思う理由のひとつとして、他人のことがよくわからないことがあると思います。単純に経験が不足しているというのもあるでしょうが、他人のことが見えなくなっているというのが最大の原因だと思います。

たとえると、フロントガラスがくもっている状態で車を運転しているようなものです。(想像すると怖い!)その状態で運転して事故にあってしまったら、よけいに運転が怖くなります。(悪循環だね(+_+))

 

自分を知れば、相手のことも想像できる

同じことがコミュニケーションにも言えると思います。自分のことを知るようになると、相手のことも次第に見えてくるようになります。そうすると、相手がどんな人間で、何を言えば喜び、何を言えば怒るのか、などがわかってくるので、人間関係のトラブルが減ります。(相手のことをよく見ることが大事)。

 

私の失敗談

また私の経験談を話します。(またしても恋愛話でスマン)。私はかつてある男性からアプローチされました。(ちなみに前回も登場した人ね(;'∀'))。その人は私にとっても意中の人だったので、手厚くお礼や感謝の気持ちを伝えました。そこまではよかったのですが、その後、その私の返事に対する相手の気持ちや好意を誤解してしまい、それをスルーしてしまったため、結局うまくいかなくなってしまいました。(あいたたー)。

 

後悔先に立たず

相手の言葉に主語が欠けていて、好意の対象がはっきりしていなかったという問題点もありましたが、そこは結論を出すまえに私がきちんと確認すべきところでした。相手は自分の好意をないがしろにされて、傷ついたり落ち込んだりしてしまったと思います。(気の毒(+_+))

一方の私は、その後相手が怒っている様子を見て、ようやく自分が相手の気持ちを誤解してしまったということに気付きましたが、それではもう後の祭りでした。(また気づくの遅いパターン(;・∀・))。恋愛はタイミングがとても重要なので、あとでいくらとりつくろっても、今更感満載といった感じでした。(かなしす(T_T))。

 

分からないときは、とにかく聞くべし!

こんなふうに、相手のことが見えているときはよいのですが、いったん相手の考えや気持ちがわからなくなってしまうと、コミュニケーションは失敗しやすくなります。「自分のことを知ったからといって、いつも相手の気持ちや考えが読めるわけではない」という反論が返ってきそうですが、そんなときは相手に直接考えや気持ちを聞けばよいと思います。(聞かないと誤解は増える!)

 

まとめ

自分のことを知ることは、少し勇気がいるかもしれません。しかしそれが他人や自分とよい関係を築く第一歩です。自分のことを見つめなおし、自分とも他人ともよりよい関係を築いていけるとよいですね。(がんばれ!)

 

Written by ユカ@コーヒー

コミュニケーションをとることの重要性――人と会って話すことの効用について

日常で人と会っていますか?

友達を多く作る必要はないとは思いますが、日常的に人と会うことは大切だと思います。今の世の中は、一人で楽しめるゲームやアイテムなども充実しているので、とくにニートやひきこもりの人など、人と全然会わずに生活しているという人もいるのかもしれません。(それはそれで否定はしないけども)。

 

人と会うのが苦手だった私

私自身も思春期のころは、人がすごく苦手だったので、もう定職には就きたくないと思い、文筆家というか、物書きを本気でこころざした時期があります。悲しいことに、ほとんど才能がなかったので、その夢はかないませんでしたが。(無念(+_+))

そしてひきこもりというか、ニートだったこともあり、その後社会に出るのは、すごく勇気がいりましたし、社会に適応するのも一苦労でした。いまだに適応できているかは定かではありませんが、それでも何年かかけて、苦手意識は少しずつなくなってきました。(要は慣れっすね)。

 

世界人類が滅びればいい?!

特に心を病んでしまっている人で、人が大好きだという人はなかなかいないと思います。むしろ人なんて嫌いだし、世界人類が本気で滅びればいいと思っている(言いすぎ?)ような人もいるかもしれません。たぶん人間関係で苦労されてきたのでしょう。(本当に大変だったね(+_+))。

しかしあなたを傷つけたのも人かもしれないですが、またあなたのことを助けてくれるのも同じく人だと思うのです。大好きなアイドルや歌手やゲームのキャラクターなどがいるから、人とは会わなくてもよいと思う人も多いかもしれません。しかしそのようなバーチャルな体験は、生きたリアルな体験にはかなわないと思うのです。(これは本当)。

 

だんだん馴らしていこう!

もし人と会うのがどうしても苦手なら、病院だったり、デイケアであったり、地域の支援センターなど、比較的自分にとって敷居が低いところで気持ちをならして、少しずつ苦手意識をなくしていけばよいと思います。

いきなり恋人や友達を作る必要はなく、その場に少しいるだけでも十分です。とくにひきこもりの人などにとっては、家から出られただけでも、十分大きな一歩です。どうしても外に出られない場合は、NPOなどの電話サービスを利用してみてもいいと思います。(いきなりでなく、徐々にね)。

 

 

人と会うことはなぜ大切か?

人に会うことの重要性を示す一つの指標があります。特に日本人の男性は、妻が亡くなってしまうと、その先の寿命が短くなる傾向があるそうです。この理由には諸説ありますが、ひとつにコミュニケーションをとる相手がいなくなってしまうことが挙げられると思います。(ヤバいね)。

女性に比べると特に男性は、コミュニケーションに対して、積極性に欠ける印象があります。ですが、このような理由から、ぜひ男性もコミュニケーションに対して、もっと積極的になってほしいと思います。(がんばれ!)

 

 

まとめ

人はときには冷たいし残酷ですが、その反面、優しさや温かさもあります。どちらも同じ人のなせるわざなのです。少しずつでも、自分にとって心地よくすごせる場所を増やしていけるとよいですね。

 

Written by ユカ@コーヒー

つらいことがある分、いいこともある――人生何が起こるかわからない

悩んでいた私に知人がかけてくれた言葉

これは私が本当に落ち込んでいたときに、知人の方が私にかけてくれた言葉です。

「人生ではつらいことがあったら、その分いいこともきっとある。どちらかとだけということはありえない」

 

失恋で自殺未遂してしまった私

情けない話ですが、私はかつて失恋をきっかけに、自分の人生がどうにも立ち行かなくなったように感じ、自宅で首を吊り、自殺未遂してしまったことがあります。(完全に追い詰められてたユカ)。幸い(?)、途中で首を吊ったベルトが切れて、身体が床に落ち、それから2、3分で意識は戻りました。(ヤバかった!!)

たった一度の失恋ごときでと思われる方もいるかもしれませんが、私はその人のことが本当に好きだったので、その人との関係が途切れることで、世界中のどこにも自分の居場所がなくなってしまったような気がしたのです。

またそのときは自分の存在意義生きる意味なども、本気でわからなくなっていました。特に当時は毎日不眠がひどく、あまりまともに物事を考えられなくなっていたし、とにかくもう生きているのに疲れた、死ぬしかないと考えてしまったのでした。(短絡的といえばそれまでだが(;'∀'))

 

しかしその後・・・

しかしその後ひと月ほどで新しい彼氏ができました。(ずいぶん現金な話だけども(苦笑))。またその数ヶ月後、悩みの種であった不眠症の良い薬が見つかり、睡眠状態がずいぶん改善し、それに伴って病状や心理状態もだいぶ良くなりました。(よかった(*‘ω‘ *))

自殺未遂をしたことで、おそらく運命の神様が、私がそこまで深刻に思いつめていたことに気づいて、手を差し伸べてくれたのではないかと勝手に思っています。 (非現実的な発想といえばそれまでだけど('Д'))

 

長いスパンで人生を捉える

何が言いたいかと言うと、決して自殺を推奨しているなどというわけではなく(もし本当に死んだら、元も子もないから、絶対にやめて!)、たとえ今がつらくても、人生を長いスパンで捉えてみてほしいということです。悪い時期はずっと続くわけではなく、ひたむきに努力し、試行錯誤していれば、いつかは報われる日がきっと来るはずです 。(と私は思ってるよ)。

 

まとめ

人生につまずいたり、落ち込んだりすることが多い人は、きっと感受性の豊かな人です。感受性が強いと、人より敏感に色々なことをキャッチしてしまうので、生きづらいと思うこともあるでしょう。(気持ちは分かる)。しかしその分喜びや楽しみを感じる能力も人一倍高いはずです。決して波乱万丈な人生を送る必要はありませんが、山あり谷ありと色々なことがあるのが人生の醍醐味だと思います。(と思えるといいね(^_-)-☆)

 

Written by ユカ@コーヒー

ワガママに生きてもいい――あなたらしさを卑下してはいませんか?

あなたはワガママな人?

自分のことをワガママだと思う人は多いのではないでしょうか? 私自身もワガママな人間だと思いますし、自分のワガママがどうしようもなく嫌になってしまったこともあります。(そりゃあ、落ち込むときはとことん落ち込む(+_+))。

しかしもしあなたが心を病んでしまったとしたら、それはあなたのワガママのせいでしょうか?私は違うと思います。むしろそれは、ワガママなことを後ろめたく思ってしまったり、ワガママな自分を責めたりしてしまうことに原因があると思います。(そんなふうに思う必要はない!)

 

「空気が読めない」と言われた私

また「ワガママ」という言葉は、「〇〇な人」という別の言葉に置き換えてみてもよいでしょう。たとえば私は、かつて元彼の女性の友人から、「空気が読めない」と指摘されたことがあります。私はそれを言われた当初、その言葉を額面通り受け取って、「私は空気が読めないからダメなんだ」と落ち込んでしまいました。(「空気は読むもんじゃねぇ、吸うもんだ!」と反発したりしてみたものの(苦笑))

しかしよくよく考えてみると、私にそう指摘した彼女は、おそらくもともと仲が良かった彼女と元彼の間に、私があとから割って入ってきたように感じたのでしょう。そのためにわざと人を貶める言葉を投げかけて、私のことを非難したのだと気づきました。(女のジェラシーは怖い!)

 

人があなたにレッテルを貼るのは、それなりの理由、意図がある

あなたが自分のことを「〇〇な人」と意識することになったきっかけはなんでしょうか?(思い出してみて!) もし私のように、それが他の人から言われた言葉であれば、その人があなたの人格を否定するような言葉を投げかけた理由、意図を、もう一度考え直してみるとよいかもしれません。その言葉を発した相手の立場や心境を考え、相手の真意に気づくことができれば、あなたのことを定義付けているその言葉の解釈も、違ったものになってくるかもしれません。(たとえば、ライバル心とかかもしれないしねー)。

 

○○だから、うまくいかない?

またもしそうでない場合も、「デブだからモテない」、もしくは「根暗だから生きている価値がない」など、おそらくその言葉のあとに、自分の思いこみによるネガティブな解釈をつけくわえているのではないかと思います。 

 

自分の欠点は、他の人からしたら、大したことではない

私自身も「外見が地味だからモテない」「可愛げがないから好かれない」「コミュ障だから友達がいない」など、自分の容姿や性格を卑下してしまうこともあります。(残念ながら、それはその通りなのかもしれないけど(*_*))

しかししばらくして気づいたことは、自分が自分のことを認識しているのと同じように、他人も自分のことを認識しているわけではないということです。自分では重大な欠点だと思っていることも、他人から見るとそれほどたいしたことではないということは、実際よくあることです。(他の人はそんなことを気にしていないことがほとんど)。

それで自分の欠点がなくなるわけではないですが、そのことに気付いてからは、少し気が楽になりました。

 

欠点は他のことでカバーしよう

それでもどうしても気になることに関しては、「外見が地味でも、せめて肌や髪の毛はきれいに手入れしよう」「可愛げがないなりに礼儀正しくしよう」「コミュ障でもできる限り人には誠実に振舞おう」など、どうしたら欠点をカバーできるか、他のことで補えるか、そして変えられるかといった視点も持つように心がけています。 

ですから、自称デブなあなたも、自称根暗なあなたも、「デブはデブでも癒し系のデブを目指そう」とか、「根暗でも何でもいいから、とにかくプログラミングを極めよう」とか、 何かその欠点をほかでカバーするための目標を持ってみてください。自分で自分を見る目が変われば、きっとそのうちに人からの評価も変わってくるはずです。

 

まとめ

ワガママでもデブでも根暗でも、開き直ってたくましく生きている人もたくさんいます。自分の欠点を恥じてしまうあなたはむしろ謙虚な人です。(謙虚は美徳(^^♪)もう少し開き直ってもよいかもしれません(^_-)-☆

 

Written by ユカ@コーヒー

ニッチな分野でナンバーワンに――目指したいものがあるあなたへ

「誰でも特別なオンリーワン」?

古い歌ですが、「ナンバーワンにならなくてもいい 誰でも特別なオンリーワン」というのがあります。曲では「誰でも特別なオンリーワン」と言っていますが、果たして本当でしょうか。(たしかに聞こえのよい文句ではあるけども('Д'))。

 

「あなたという存在は代替可能である」

 かつて村上龍さんの本の解説で、「あなたという存在は代替可能である」と書かれていました。どういう意味かというと、あなたがいなくなっても誰かが代わりになるという意味です。

もしあなたがバイトをしていて、それを辞めたとしても、しばらくしたら誰かほかの人が雇われるでしょうし、もともと誰かの恋人で別れてしまったとしても、相手はいつかほかの誰かを見つけるでしょう。(悲しいけど、現実はそうなのさ)。

 そこで替えがきかないようにするには、どうすればよいでしょうか?それにはニッチな分野での才能、能力を伸ばすことをおすすめします。

 

英語は市場過多である

たとえば語学についてですが、私は物心ついたころから英語を学習しています。そのため日常会話ならある程度は話せます。しかし考えてみてください。英語がある程度話せる人なんて、探せば簡単に見つかります。(まさに犬も歩けば、何とやら、だよ)。そのため英語の求人の倍率は、通常とても高くなってしまいます。私はしばらくして後悔しました。どうせ始めるなら、イタリア語とか、スペイン語など、英語ではない語学を身につければよかったと。(相変わらず気づくの遅い(笑))。

  一方インドネシア語について考えてみます。インドネシア語は、文法なども簡単なほうですし、比較的日本人が身につけやすい言語だそうです。インドネシア語の需要はあまりなさそうですが、しかし仮にあったとして、もしあなたがそれに堪能であれば、通訳などになるには、英語通訳者などになるのに比べれば、ハードルが低いでしょう。(ひくてあまた?!)

 

オンリーワンであることは、すなわちナンバーワンである

またミジンコの研究だったらどうでしょうか?(爆) そもそもやっている人が少なさそうですし、たとえばユーチューバーなど、人気の職業に就こうとするよりは、競争率が低いと言えるでしょう。そしてオンリーワンであることはナンバーワンでもあるのです。ミジンコの研究を地道に30年も続ければ、あなたはミジンコ研究者としての地位を立派に確立することができるでしょう。(「よっ、ミジンコ博士!」と呼ばれたり(笑))

 このように競争率の激しい分野でオンリーワンを目指すのは難しいですが、ニッチな分野なら、比較的競争に晒されることなく、オンリーワンすなわちナンバーワンになれると思います。

 

人気の職業での差別化について考える

しかし中には「私はニッチな分野ではなく、メジャーな分野でどうしても活躍したい」という人もいるかもしれません。その戦略も私なりに考えたので、それについてもお話ししようと思います。(まあ、私自身は目指したことはないけども(笑))。

 

必要なのは「個性」と「ギャップ」

たとえばあなたがアイドルだとすると、アイドルはみんな同じようにスタイルがよくてかわいいです。だからスタイルがよい、かわいいだけでは、簡単にほかの子との差別化は図れません。(そりゃそうだ)。

それではその中でどうやって差別化を図ったらよいでしょうか? そのキーワードは、ずばり「個性」「ギャップ」です。

 

アイドルなのに、将棋?

私も詳しく知っているわけではないですが、乃木坂45の元メンバーで、伊藤かりんさんという人がいます。かつて偶然NHKの将棋の番組で彼女を見かけ、とても印象に残ったのを覚えています。ウィキペディアによると、彼女は「アマチュア将棋初段」保持者だそうです。そして雑誌で将棋の連載をしたり、将棋親善大使などの活動もしています。(渋い!かっこいい!) 

彼女のように、アイドルでありながら、将棋もするという「個性」は武器になります。同じアイドルでも、「お料理が得意です」とか、「モデルをしてます」というのでは、あまり印象に残らないかもしれないですが(うーん)、「アイドルだけど、将棋も強い」となると、いわゆる一般的なアイドルのイメージとのギャップがあります。その分人々の印象に残りやすくなると言えるでしょう。

 

まとめ

このように、これから何かを目指したいという人は、まずニッチな分野をあたってみてください。そして人気の職業を目指しているという人は、他の人との差別化として、「個性」「ギャップ」に注目してみてください。とにかくこれからは「個性」の時代だと思います。人とは違う、あなただけの個性、特技をぜひ磨いていってみてください。(きらりん(^_-)-☆)。

 

Written by ユカ@コーヒー